夢をみています
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・趣味・趣向、微グロ、微エロ混在注意
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◆黒酸塊の夢(2)・・・ヒソカ
@アダルトリオ親子シリーズ(H×H)ぼうぼうと、窓に風がぶつかっている。気圧の変化に、耳の奥が詰まっているかもしれない。
睡魔もあわさり、感覚が鈍感で、全てがガラス越しに思えた。
目的地に到着するのは、明日の昼ごろらしい。それまでは、どうあがいても、私とヒソカは、この密室の空気を共有する。そこにどんな感情が同船しようとも、この船に乗った時点で、どうしようもないことかもしれない。
とにかく、ヒソカが部屋に戻る前に、シャワーを浴びてしまおう。なんだか、脳みその上に、先ほどの子羊の色がこびりついてしまいそうだ。
チェストの上に置いていたカバンを開けると、ケータイのランプが光っているのに気がついた。
珍しいことに、父からのメールだ。数十分前に送られたメールのようで、予定より早く仕事が終わったから、北国の空港で待っている、という内容だった。
わずかだが、気持ちが安らぎ、安堵(あんど)のため息が漏れる。
「いいことでもあったのかナ★」
振りかえると、レストランから戻ったヒソカが、ドアの内側にもたれていた。
「ヒソカ・・・」
「ダメじゃないか、勝手に抜け出したら★」
「気分が悪かったから・・・いつからいたの?」
「さっきから、ずっといたよ★」
「そう。あのさ、私、シャワー浴びてくる・・・」
「ねぇ?僕に話しておくことがあるんじゃない?」
ヒソカが腕組みをしたまま、私をじっと見つめた。態度は威圧的なのに、なぜか困っているふうに、眉根を寄せている。
もしかしたら、困った人ごっこ、だろうか。
私は、唇の端についた、バニラアイスを手の甲でふきとった。
「アイスのことなら謝るよ。ゴメン」
「他には?もっと重大なことがあるだろ?」
「レストランから、勝手に出ていったことも・・・」
「それだけ?」
「え?うーん・・・だらしない格好で、ウロウロしてたこととか・・・」
「他になにがあるの」と、今度は私が眉宇を曇らせると、ヒソカは突然お腹を抱え、声を押し殺して笑いだした。
なにか、ツボにはまったらしい。私が抜け出したあと、さらにワインを頼んだのだろうか。
私は手早く着替えをタオルに包み、バスルームの中に避難した。
私がシャワーを浴びている間も、ヒソカの笑い声がずっと響いているような気がしたが、ドアを開けると、ヒソカはベッドの上にうつぶせになって、眠っていた。
半裸か、全裸が多いのに、今日は珍しく、しゃんと洋服を着たままだ。しかし、ヒソカは着替えを最低限しか持たないので、あのホテルでワンセット捨てたことを考えると、きっと、今着ているこの上下しか、持っていないことになる。
「シワだらけになるよ?」
近づいて、教えてやったが、ヒソカは答えない。
分厚い背中を呼吸にあわせて上下させ、スースーと、息を漏らしている。
もしかして、これは私をためすための、演技だろうか。ためしに背骨をつついてみたが、ヒソカはなにも反応しなかったので、私は大げさなため息をついた。
「だからァ、シワだらけになるっていっているのに・・・」
短い時間とはいえ、シワだらけのスーツの男と、一緒に行動するのは御免だ。
これだから、大人は世話が焼ける。
私は小さな全身をつかい、ヒソカの身体をひっくりかえし、仰むけに寝かせて、スーツを脱がせはじめた。
ワイシャツと、ジャケットと、スラックス。ご丁寧に見もしない腕時計と、革靴も履いたままだったので、それも脱がせてあげた。
一つ一つのパーツの重さに、脱がせはじめたことを、すぐ後悔したが、自分は間違っていないと正当化しながら、最後はヤケなってスラックスを引っ張った。
脱がせ終わると、私の手のひらには、汗がにじんでいた。もう一度、シャワーを浴びたい気分だ。
「どうせ、狸寝入りなんでしょう・・・」
「・・・・・・」
「いいよ、もう・・・お休みなさい」
投げやりに挨拶すると、私の手首を、ヒソカがつかんだ。
きっと起きているだろうと、予知していたが、そういう心構えは、一割だって現実の役にはたたない。
今までだって、何度もこうして驚かされてきたのに、私はどこかで油断していた。やっぱり起きていた、と私は軽く諦念(ていねん)してしまう。
「どこにいこうとしてるの?」
枕に顔をうずめたまま、ヒソカが尋ねる。
試しにつかまれた腕をふってみたが、びくともしない。私は脱がせたばかりのスラックスを、腕に抱えなおした。
「どこにもいかないよ」
「嘘つき・・・」
全裸の大男の恨みがましいいい方に、私は呆れはてる。あなたにだけは、いわれたくないセリフだ。
「シャワーも浴びたし、もう寝るだけだよ。どこにも、いかないよ!」
多少語勢を荒らげると、ヒソカは枕から顔をはなし、こちらをむいた。柳の葉のように、目を細める。
「そうじゃなくて・・・明日のことさ★」
一瞬の間が、ヒソカの躊躇(ちゅうちょ)のような気がして、私は驚いた。
そんなこと、なぜ私に訊くのだろう。
私は、そんなことを考えてなどいない。私がどこへいくかなんて、私が問われてはじめて、考えるようなことじゃないからだ。
私の世界は、常に私のまわりをまわっている。天動説はない。無表情の父と、盗賊の首領と、この奇術師が踊る、狭い世界で。
「メールのぞいたんでしょう?明日の昼、イルミが迎えにくるから、そうしたらイルミがいくところに、私もいくよ」
「ふぅん、そう・・・わかかった★」
ヒソカは手を離すと、窓にむかって寝かえりを打ち、シーツを被った。
なんだか引っかかるやりとりだが、ヒソカのことを、イチイチ気にしていては、消しゴムよりもあっという間に、心が摩滅して、どこかへ消えてしまう。
私は剥ぎとったスーツをハンガーにかけ、部屋の灯りを消した。
消したあと、どうしても甘いものが食べたくなって、ベッドを抜け出した。ヒソカのぶんと思い、残していたアイスをとりに、冷蔵庫へいったが、ヒソカは大人しく、ベッドで眠っていた。
わざわざ振りかえって、確認してしまった自分が、人しれず、とても恥ずかしかった。
その夜は、夢も見ずに眠った。
翌朝。
いつもどおり、先に起きたヒソカが、私をゆすり起こし、早く身支度をすませてしまえと、私を急かした。
ヒソカは昨日、私が救出してやったスーツを、なに食わぬ顔で着ている。私の御陰で、これといったシワはついていない。満足だ。
私がドレッサーの鏡越しに、コーヒーを飲むヒソカを見ていると「あぁ、そういえばこれ、ありがとう★」と、思い出したような言い方で、ヒソカから礼をいわれた。
期待していたと、思われたのだろうか。
それから落ち着きをなくし、その朝はいつも以上に、食欲が出なかった。
飛行船は予定どおり、目的地に到着した。
着陸すると、山から吹き降ろす、冷たい北風に歓迎された。奥歯が、カチカチした。
父は、空港の喫茶スペースで、コーヒーを飲んでいた。いつもみたいに、見つけた瞬間、駆け出して、抱きついてみたかったけれど、人が多いのと、そういう気分じゃなかったので、今日はしない。
久しぶりに会うのに、父は相変わらずで、「やぁ、」とだけ、抑揚のない声でいい、窓際のベンチシートに座るよう促した。
父を前に、私とヒソカは並んで座った。話に聞く、学校の三者面談みたいだ。父が通信簿の代わりに、メニューを見せる。
「なにか注文する?」
「ボクは、コーヒーにしようかな」
「そう。は?は甘いのが好きだから、ケーキセットにする?」
そういいながら、父から差し出されたメニューを見て、私はぞっとした。
この国の特産品は、どうやら黒酸塊らしい。
嫌がらせなのか、甘味のほとんどに、黒酸塊が使われている。黒酸塊アレルギーの人が来店したら、どうするつもりなのだろう。
裡面(うらめん)まで見たが、ケーキもババロアも、全てが黒酸塊だ。蕁麻疹が出て、ショック死しかねない。
アレルギーではないが、急に温かい室内に入ったせいだろうか。それとも、父にあえてホッとしすぎているのだろうか。なぜだか、メニューを眺めながら、私の頭はクラクラする。酸欠みたいだ。
「。このケーキなんかどうだい?」
そういって、わきからヒソカがしめすのは、白いカットケーキに、赤黒い黒酸塊のソースのかかったものだ。
あぁ、私が決めるのを、待たせているんだ。
私は首を横に振る。
「いらない・・・私、あんまり食欲ないから、紅茶だけでいい」
「そう?ならボクが、このケーキセットを注文するよ★」
そういうと、ヒソカはウエイターに目配せして、紅茶と、ケーキセットを注文した。
ウエイターは、入口にある、ガラスのショーケースの中から、ケーキをとりわけると、カウンターに置かれたポットから、さじを出す。
あれが、黒酸塊のソースだ。唾を飲みこむ。
まるでフランス料理―――卑猥なほどピンクの肉。骨の細い子羊。なのに太っている子羊。果物のように甘い脂。それは、ボツボツした黒酸塊。1つ1つの、濃い木の実。枝葉のついた、ボタニカルアート。あれは、小さな街の大きなホテルの・・。
オレンジの実を切り裂いたとき、眩しい果汁のしぶきが吹き上がるように、私の頭の中に、黒酸塊にまつわる、あらゆる映像が弾けて浮かぶ。
それは現実と、見たこともない映像に選別できるが、それはどれも新鮮にして鮮明克明。手をのばせばつかめるほど、立体感のある、現実味の高い映像だ。
それが、壊れた映写機のように、すごいはやさで、グルグルと頭の中を回り続ける。ネズミの滑車だろうか。
止めに入るのもこわい。もう、見たくない。考えたくない。吐き気がする。
「。気分でも悪いの?顔が真っ青だよ」
父はそういうと、むかいから手を伸ばし、綺麗な指先で、私の頬に触れた。しっとりとした、冷たい手だ。
私は身体を震わせながら我にかえり「なんでもない」と微笑んだ。
横目で見たヒソカは、ほほ杖をついたまま、退屈そうに、離発着する飛行船を眺めていた。
どうして横目で確かめたのか、自分でもわからない。ただ、無関心だと思われたのが寂しくて、目線をもどしてから、胸がきゅっとした。
ほどなくして、私の紅茶と、ヒソカのケーキセットが運ばれてきた。
あまり眺めていると、また変な映像にとりつかれそうなので、私はケーキを視界から外した。
ヒソカはコーヒーを飲みながら、あれこれ、イルミに話しはじめた。
仕事の話だろうか。会話の内容は、私のしらない地名や、人名がほとんどだ。途中、一度だけクロロの名前が出たが、前後の話がわかからなかったので、意味がなかった。
その間、黒酸塊のソースの乗ったケーキは、私とヒソカの席の、見えない境界線ギリギリで、ヒソカの側にあった。
フォークさえ、まだヒソカは触れていない。
気にしないようにしよう、と思うことが、すでに気にしていることになる。見ないでいるのも限界だ。
たまりかねて「ねぇ、食べないの?」と私が低い声でいうと、ヒソカは思い出したように私と、ケーキを見比べていう。
「食べたいなら、食べていいよ★」
「別に、食べたい訳じゃなくて・・・」
変なこと考えそうだから、早くどこかにしまって欲しいだけだよ――とはいえず、私は明後日を見ながら、紅茶を飲む。
父はのんきに「二人とも、前より仲良くなったんじゃない」などという。
どこが、そう見えるのだろう。
父は悪くないのに、なんだか先ほどより、イライラが増す。
「ねぇ、食べるなら、さっさと食べちゃいなよ」
「なぜ?」
「理由がいるの?」
「そう・・・キミがそういうなら、そうしよう★」
それじゃぁまるで、私が命令したみたいじゃないか。今度は泣きたくなる。意地悪だ。
「ヒソカ、やだ・・・」
私はそれ以上、なにもいえない。
やっぱり、私は子供だ。いくら育ちが早くても、しらないことと、わかからないことが多い。そして、自制が足りない。こんな奴の一挙一動を気にしてもしかたがないと、わかかっている。
昨日の夜だって、気にするだけ、馬鹿だった。
ヒソカは私に危害は加えないが、私の反応を見て、笑っている。得体のしれない、奇術師なんだ。もう気にするのはやめよう。
私が気にしている間に、ヒソカは金色のフォークをとると、流れるような手つきでケーキの先を切りとり、私の前にそれをつき出した。
その部分には、黒酸塊のソースがかかっていない。
「お食べ★」
「いらない・・・」
「そういうなよ。ほら、一口だけ★」
ケーキの甘い香りが鼻先をくすぐると、生理的に胃袋がうねるのがわかった。
結局、朝食は、トースト一枚ですませてしまった。昨日のディナーだって、最後まで食べていない。
拒む理由があるだろうか。ケーキが、どれぐらい美味しいものか、私はしっている。今、私をナーバスにさせる黒酸塊だって、この部分には触れていない。
私は恐る恐る、それを口にした。舌先に、フォークの冷たい質感が伝わる。
「美味しい・・・」
もう一口、いや一つ、二つだって食べられるケーキだ。なにも特別な材料は作ってないはずなのに、どうしてこんなに美味しいのだろう。涙がでる。
「キミは食いしん坊なのに、優しいから、死んだ食物にさえ、心をいためてしまう・・・昨晩はごめんよ。あとは僕が請けおうよ★」
口を開けたまま戸惑う私に、ヒソカはニコリと微笑み、フォークを皿の上に置いた。聞き間違えかと思ったが、金の光につられてテーブルの上に目線をやると、残されたケーキはどの部分も、黒酸塊のソースがついていることに気づく。
一口だけ。さっきのは、たった一口だけ残された、ソースのかからなかった場所だ。
ウエイターにいえば、最初から黒酸塊のソースをかけないですませてもらうこともできたかもしれない。それぐらい、お安い御用だ。
なのに、それがわからないぐらい、私は動揺していたし、ヒソカは、それ以上に優しかった。
きっと計算してやったのだ。こうすれば、自分がどれぐらい私のことを考えているか、私が気づくと踏んで、やったのだ。
なのに、私は自分でも信じられないほど、幸福な気持ちになった。悪い気分の発端(ほったん)や、見え透いた手法のにおいより、こうして結ばれた結末が嬉しくてしかたがなかった。
そして、急激にヒソカの全てがしりたくなった。ルーツだ。
今まで見ていた全てを思い出し、つなげて、この人がどんな人なのか、確かめたい。
どんな残忍な過去でもいい。私の頭の中の映写機に頼みたい。今、私の隣に座るこの人が、どんな生まれの、どういう育ちの人で、どうして今、私にこんなことをしたのか、納得がいくように見せて欲しい。
喫茶店の喧騒が、どこかへいってしまった。
まばたきすると、隣にヒソカの姿はなく、私と父がむかいあって座っていた。
「あれ、ヒソカは?」
「さっき電話がかかってきて、そのまま出ていっただろう・・・覚えてないの?」
父の目に若干の失笑を感じ、私はうつむいた。そうだ。あれからすぐ、ヒソカのケータイに連絡が入って、どこかへむかう飛行船に、乗ってしまったのだ。そういえば、「またね」と、挨拶をした気がする。
「あ、そうだね・・・ごめん、考えごとしていたから」
「今日は青くなったり、赤くなったり、本当に具合が悪そうだね。近くにホテルをとってあるから、もういこうか」
「ねぇ、イルミ、今度泊まる部屋には、なにか絵はかけてあるかな?」
「どうかな。絵に興味があるの?」
「うぅん。ほんの少し、気になっただけ。ねぇ、いこう」
私の言葉に、父は不思議そうな顔をしていたが、それ以上、話すことはなかった。
きっと、もう黒酸塊も、皿の上の子羊も。そして気まぐれな奇術師も、前ほど、嫌いではないなと、私は店を出るとき、確信した。かといって、たぶん、 好いている訳でもないが、嫌いじゃないということは、それぐらい灰色で、他愛ないことなのだと思う。
その日、私ははじめて素直に、早く大人になりたいと思った。
2012/01/25(水)
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