夢をみています
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◆黒酸塊の夢(1)・・・ヒソカ
@アダルトリオ親子シリーズ(H×H)この部屋には、比較的長く滞在した。
ソファーやカーテンをはじめとする、全てのインテリアが、赤と黒色で統一されていて、主寝室のベッド脇には黒酸塊(くろすぐり)のボタニカルアートが1枚かけられている。
そのボタニカルアートは、オーナーの気に入りの画伯が、若いころに描いたものだそうで、これにちなみ、このスイートルームには“ブラックカラント”という愛称があるらしい。
それを教えてくれたのは、燕尾服(えんびふく)を着た初老のオーナーでも、オニキスのような目をした父でもなく、珍しく酒に酔い、機嫌の良かった奇術師だ。
ホテルの見取り図にも、金色の表札にも、部屋番号しか彫られていないので、本当にこの部屋の名前が“ブラックカラント”なのかどうか、さだかではないが、そういわれたときから、私は黒酸塊がとても特別な果物のような気がして、この部屋と、その果物を愛でている。
きっと、黒酸塊は神聖な食べ物だ。
その日も、私は夕焼けに染まる部屋の中、ベッドに座り、じっと、その額縁を眺めていた。枝葉の間に、若い黒酸塊が実るだけで、面白い構図という訳でもないが、余白とのバランスか、不思議と眺めていて飽きない絵だ。さすが有名画伯というべきだろうか。
「、荷物はまとめ終わっているかい?」
乱暴に扉をあけ、部屋に入ってくるなり、奇術師の男ヒソカは、私の顔も見ずにそういうと、自分の着ていた奇妙な服を脱ぎはじめた。
香水より、真っ赤な鮮血の香りが、先行している。きっとまた衝動的に、誰かを殺めたばかりなのだ。
躾のなってない大人だ。
私は返事をするかわりに、自分の隣に置いていた、白い帆布の旅行カバンをポンポンと叩いた。カバンの中には、二、三日分の着替えと、この街で買ったレインコート。それから螺鈿(らでん)細工の施された、小さな宝石箱が入っている。
父が仕事で東洋にいった際、みやげに買ってきてくれた宝石箱だ。虹色に輝く小鳥に似あうほど優れた宝石を、私はまだ持っていないので、中身は入っていない。いうなれば、中身のないこの箱が、私の唯一の宝物だ。
私の反応に、たぶん、ヒソカはうなづいた。棚を漁っている音がするので、きっと、むこうも私の顔など見ていない。バスルームのドアが開く音がする。
「それじゃぁ、ボクがシャワーを浴びたら、すぐ出発だ。今度は北国へいくよ★」
「ねぇ。父にはいつ会えるの?」
「サァ。それは僕にもわからないな★」
それだけいうと、ヒソカはバスルームの扉を閉めた。私は呆れながら、また黒酸塊の絵を、眺めはじめた。絵の構図や色あいを、目に焼きつけるために。
私は、まだ5歳だ。だが、人の5歳と、私の5歳はだいぶ違うらしい。
父の話では、私は発育がいいらしく、人の3倍のはやさで成長しているそうで、身体つきや頭脳、精神などは、それ相応に、15歳か、それ以上の作りをしているらしい。
当たり前のことだが、私にとっては、生まれるのも生きるのも、“これ”がはじめてのことなので、そういわれても、同世代の子供をしらない以上、比べようもない話なのだけれど、父とヒソカと、その二人のしりあいの、ある盗賊の首領は、そんな私のことを気に入っている。そのため、私が物心ついたころから、父が仕事で忙しいときは、その二人のどちらかが、私を預かり、子守をするというとり決めになっている。長くても2ヶ月間ぐらいだろうか。
もっとも、ヒソカも、その首領も―――父もその点、例外ではないが―――変人で、私からいわせれば、身の回りの世話をしてやっているのは、こちら側なのだけれど、まだまだ私は子供なので、口答えする権利がない。早く、大人になりたい。
「、それじゃぁ出発しよう★」
さっとシャワーを終え、仕立てのいいテーラードスーツなど着たヒソカは、濡れ髪をかきあげ、私の前に片手を出した。節々が目立つが、男の割には綺麗な手だ。悪魔がいたら、たぶん、こういう手で少女をかどわかすのだろう。おおかた、この奇術師は、悪魔だ。
私はヒソカの手を無視して、部屋の外に飛び出し、エレベーターのボタンを押した。毛足の長い絨毯が、ゴワゴワとパンプスを飲みこみ、そのまま足を吸いこみそうな気がして、不気味だった。
父を含め、3人のうち誰と一緒に居るときが一番落ち着くかといえば、間違いなく、1番は父だ。その次が、静かな盗賊の首領。そして落ち着かないので、圏外にいるのがヒソカだ。
私はヒソカと一緒にいるとき、いつも神経がピリピリしている。それまでの時間が、どれだけ平和であっても、ヒソカと会うと、柔肌をビリビリとはががされ、直接神経を外気にさらされるような、極端ないらだちと不機嫌に陥る。どうしようもないので、閉塞感といってもいい。軽い絶望だ。父とのとり決めで、ヒソカは絶対に、私に危害を加えないことになっているが、それでも、油断はできないと、私が警戒しているせいかもしれない。
「ここが、僕らの部屋だよ★」
飛行船に乗船すると、ヒソカは優雅な挙措で、私を客室に招いた。スーペリアツインだろうか。大きな窓ガラスの外は、暮れぎわの夕空が赤く、大きなベッドが二つと、コンパクトキッチン。当たり前だが、どこにも黒酸塊のボタニカルアートはない。至極、清潔な部屋だ。
私は二つ並んだベッドの一つに腰かけた。出入口から、一番近い方のベッドだ。理由は、いわずもがなだろう。正面には、ロングボードがあって、クリスタルガラスのタンブラーとマドラー。そして、小ぶりな冷蔵庫がある。
「開けてみていい?」冷蔵庫を指さすと、ヒソカは「どうぞ★」といいながら、ソファーにドサリと腰を下ろし、テレビのリモコンを握った。
冷蔵庫の中を覗いてみると、バニラアイスが2つと、ミネラルウォーターが2つ入っていた。サービスなのだろう。高級で有名なバニラアイスだ。私がバニラアイスに手を伸ばすと、いつの間に近づいたのか、真横にしゃがんだヒソカが私の手をはたいた。パチン。私は痛くもないのに「痛い!」と驚いて、手をひいた。
「なにするのさ・・・」
「もうすぐ、夕食の時間になる★」
「だからって、急にはたくことないじゃない・・・」
「はたくさ。そもそもここは、僕のお金でとった部屋だもの。なに一つ、キミのものじゃないんだよ★」
「ケチ」といって、ヒソカの股間を人思いに蹴ってやろうかと思ったが、私は唇を突き出して、陣とった自分のベッドに寝転がった。
変化系の本分は、気まぐれで嘘つきだとい聞くが、こういうところは、神経質だ。それとも、ヒソカの性格なのだろうか。
どちらにしても、瑣末(さまつ)なことをうるさくいう大人は不愉快だ。私はただ、アイスを手にとっただけじゃないか・・・。
「、ドレスコードがあるんだ。クローゼットにドレスを用意してあるから、着替えてしまいな★」
「わかかってる・・・あとで着替えるから」
私はムスッとしたまま顔をソファーにむけた。ヒソカは、テレビニュースに見入っている。さっきまで滞在していた、あのホテルの一帯が映っているようだ。消音になっている上、ヒソカの背中が大きいので、全く内容はわかからない。
「ねぇ、なんのニュース?」
「サァ、なんのニュースだろうね★」
私は、さらに悔しくなった。起き上がり、力いっぱい、クローゼットの扉を開けたが、ヒソカは見むきもしなかった。ヒソカの趣味なのか、中に入ったドレスは、たおやかな赤色をしていた。素直な布は、触れると手によく馴染んだ。
「今ごろ、父はなにをしているのかな・・・あぁ、仕事で忙しいんだよね」
そら豆のソースを、エビのテリーヌに塗りつけながら、私はため息をつく。
食事がはじまって半時間。気づいたのは、ここが完璧なキュイジーヌを提供できる飛行船のレストラン、ということだ。見た目も素材も、なにより味も、申し分ない。15歳―――いや、5歳児が語るには、余る料理だ。これならメインディッシュも、期待できるだろう。
だが、私の気分はのっていかない。多幸感に反して、ひどくざわついた気分だ。原因はわかかっている。
「さっきから、キミは他人の話ばかりだね★」
ヒソカはテーブルナイフの先2センチだけで、慎重にテリーヌを切りわかけたが、二口以上は口にはせず、ギャルソンにそれを下げさせ、ワインを飲んだ。私は、ナプキンで唇をふいた。
わざと、他人の話ばかりしているのだから、当たり前だ。これがヒソカじゃなく、父や、盗賊の首領であるクロロだったら、どんなに素敵だっただろうか。そう夢想せずにはいられない。
私は、わざとらしく小首をかしげた。
「そう?そうかな?」
「そうさ。さっきから、他人のこと・・・っていっても、イルミかクロロの話だけど★」
「しかたないよ。相手がヒソカじゃ」
「ククッ・・・いってくれるね★」
「ヒソカはどうなの?ヒソカこそ、私と一緒にいて楽しいの?」
「とりあえず、ナイフで人をしめすなよ。物騒だな★」
私に、というより、スターリングシルバーに話しかけるように、ヒソカは首をかしげて微笑む。快楽殺人者とは思えない、品の良い、好青年の笑顔だ。
ちょっと尻の軽い女なら、顔をゆでダコのように赤らませ、クネクネするところだろうが、私はヒソカの格好は好んでも、中身や背景を評価していない。
ヒソカは畏怖の対象だ。
物語に出てくるモンスターのように、詳しい“いわれ”をしらずとも、常人はなんとなく、恐れなければならない。
もしかしたら、父や、クロロの過去は、なんとなく想像できるのに、私がこのヒソカという人間の過去を、全く描けないのが、その理由の一つかもしれない。
人は、ルーツをしりたがる生き物だと、クロロが教えてくれた。自分がどうして生まれ、どうしてこの“ナリ”をしているのか。ゆくゆくは、どこにむかっているのか、という話にも繋がるが、それが気になる生き物なのだそうだ。
ただ、人生経験の違いだろうか。自分と同い年のころ、ヒソカがどんなふうに生きていて、それで結論、どうしてこんな人間になったのか、私には鱗片すらわかからないので、こわいし、気分が悪い。
それはヒソカに、過去という匂いがしないからだと、父は話していた。どういう意味かわかからないが、人間くささが欠けている、という意味なのかもしれない。
けれど、私はそうは思っていない。こういう仕草や、物の好みを一つずつ、パズルのピースのように集めれば、ヒソカがどういう生いたちの、どういう人間なのか、具体的な答えを、きっと描けるはずなのだ。
だのに、この男の過去を、私は全く描けないし、中途半端な形にしかおさまらない。ヒソカはとても大きくて、沼地のように、底が見えない人には違いないのだが、黒いピースが多いのだろうか。それとも、白いピースが多いのだろうか。ところどころで“もつ”れて、“だま”にはなるけれど、かたちとしては、整わない。
こういうとき、私は、自分の数学の成績が良くないことを思い出す。頭は悪くないので、時間をかけて、丁寧にといていけば、天才的に、なんでも答えられるのだが、といたときにそこまで達成感を感じないので、よく、途中で投げ出してしまう。
しっても、しらなくても良いことのに、執着しない性格―――今、ヒソカについてしっている情報をかき集めようとして、頓挫してしまうのは、きっと、そういうことだ。
私がナイフを置くと、微笑みながら、ギャルソンは二人分の皿を下げていった。いくらでも食べられそうなテリーヌだったが、テリーヌを食べにきたわけじゃない。
私はグラス透かす。ガス抜きの水の中で、顔が縦に伸びて、ひどくいびつなヒソカが見える。ヒソカの本当の顔は、こんな顔なんじゃないだろうか。
「前から思っていたんだけど・・・ヒソカは、子供嫌いでしょう?なのに、どうして私と一緒にいるの?」
「サァ。そもそもキミは、どうしてそう思うの?」
「どうしてって、わからないから尋ねているんだけど?」
「そうだね。それもそうだ★」
会話にならない、と呆れていると、子羊のローストが、テーブルに運ばれてきた。
ピンク色をしたミディアムレアの肉が、赤いソースをまとっている。
このソースはなんだろう。
「これはキミの好きな、黒酸塊のソースだ★」
ヒソカがそう囁いたとき、私はハッとして顔をあげた。
ヒソカは気にするふうでもなく、無表情で、子羊を切りわかけている。先ほどまでと同じく、刃先は2センチしか使わない。
「きっとこの子羊は、黒酸塊ばかり食べさせられたんだ★」
「どうして?」
「そのほうが、良い肉になるからさ。温かいうちに、食べてごらん★」
いわれるがまま、肉を口にふくんでみると、一番に甘酸っぱい香りがして、次に豊かな肉汁が広がった。なるほど、火は通っているのに、噛まなくても、飲みこめてしまいそうな肉だ。色といい、触感といい、自分の口内を食べているかのようにモチモチとして、唾液に絡む。
「可哀想に、ミルクも満足にあたえられず、黒酸塊ばかり食べさせられたのかもしれない★」ヒソカはくぐもった声でいった。
「ミルクを飲むと、急に身体が育って、肉もにおってしまうから、たとえば、生まれてすぐ、黒酸塊しかない狭い部屋に閉じこめる。あるいは、黒酸塊の木と一緒に、檻に囲んでしまう。必要な栄養が足りないから、太っているのに骨や臓物は痩せていて、長生きはできないけれど、今日こうして食べるには最高の肉になる★」
「ふぅん・・・」
「だからこの羊は、こんなに黒酸塊と相性がいいんだ・・・そう想像すると、身震いするほど美味しい★」
「あっそ・・・ごちそうさま」
勝手に部屋へ戻った私は、赤いドレスをクローゼットに戻し、スリップ姿のまま、冷蔵庫の前で、バニラアイスを食べた。
ヒソカがそこまで計算高い、嫌味なやつだとも思わないが、ヒソカが饒舌なときは、八割型、嫌な気分しかしないという、私の人生経験もある。あとの二割だって、忘れているだけで、いい思い出というわけでもない。
けれど、今自分の胸が苦しい理由は違う。子羊を美味しいと思ってしまった自分と、そういう育ち方だったら、なお美味しいだろうと一瞬でも考えてしまった自分が、とても冷たい人間に思えてこわいからだ。
テレビで観た、古い映画の中で、男女が語っていた。『“好き”が増えると、“嫌い”も増えてしまうものなの?』――今の私はもう、黒酸塊を特別な食べ物だとは思えないし、あの部屋の間取りをよく思い出せない。そもそも自分は、あの“ブラックカラント”を気に入っていたのか、それすらも、今は曖昧だ。
今日の夕方まで、あんなに愛おしかったはずなのに、私の心はもう、この飛行船の中にある。
2012/01/25(水)
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