夢をみています

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◆Take, Take, Take me to sweet heaven

@イルミ 短編(H×H)
 
 
 
 
   
 
 
 
 朝、手紙が届いた。収監から1ヶ月目の朝だった。

 検閲で乱暴にあけられた封筒には、差出が書かれておらず、インクがすけるような、粗末なわら半紙が1枚折りたたんであった。手錠のかかった手首をねじりながら、それを広げると、監視員の女は見下しながらいう。

「読み終えたら、呼べ。処分する」

 そういうと、わずかに口角をあげ、監視員は扉に鍵をかけた。

 わら半紙の文字は、黒い窓のように中心に集めてあった。差出人はすぐに分かった。イルミだ。タイプライターで仕上げたように緻密なその“ギャラモン体”を、見間違えるはずがない。

 挨拶や気遣いの文言はなく、最近の家の様子がしょうしょうと、今度の日曜日に面会にくるというむねだけが書かれていた。いつ投函したのかはわからないが、日曜日は今日だ。おまけにわたしは8時からの“奉仕作業”を控えている。

 情感をめぐらせる余裕はなかった。急かすようにドアを叩かれ、わたしは手紙を折りたたんだ。

「読み終わりました」
 
 手紙を突き出すと、監視員の女はわたしの手から手紙を奪い、制服のポケットの中に押しこんだ。そして、ニヤリと笑う。

「それで・・・このまま“部屋”に行けるな?」
「・・・はい」
「なら着いてこい」

 ポケットからわずかに覗く、その薄っぺらい紙切れを気にしながら、わたしは監視員の女のうしろを、ついて歩いた。しわだらけになり、歩くテンポにあわせて揺れるその手紙と、素足につたわるリノリウムの冷たさが、ほんの少し、心にしみた。

 イルミと出会ったのは、数年前の冬。

 当時のわたしは、ある国家の軍事情報系の工作員で、その日の朝は、ハッキング成功の息抜きに、行きつけのカフェのテラスで、濃い紅茶を飲んでいた。ちょうど今のように、冬のわりには温かく、よく晴れた、気持ちのいい朝で、他に客もいなかったので、とてもゆったりした気分だった。どれぐらいゆったりしていたかといえば、カヌレ型のアーモンドケーキを3つも注文するぐらい、だ。財布も、カロリーも、ひと目も。気にするのも楽しいぐらい、その時のわたしは一人の女だった。

「そこの席、いいかな?」

 声の主はミルクティーを手にした男だった。金色の巻き毛と、切れ長の碧い目がチャーミングな男だ。他にも席はたくさんあるのに、あえて、わたしと同席したいらしい。見る目がある、なんて思いながら、わたしは鼻をツンと突き出して笑い、置いていたカバンをよけた。

 男は「ありがとう」といいながらミルクティーをテーブルに置き、風で舞いこんだカエデの葉を、ザクザクと小気味よく踏んだ。

「そのケーキ、美味しいの?」いいながら、男は席につくなり、わたしの小皿を顎でしめすので、わたしは目を伏せていう。
「えぇ、ここの焼き菓子は格別ですよ。飲み物はインスタンドだけど」
「そう。おすすめはある?」
「うーん、とくにガトーショコラかなぁ・・・」
「へぇ、ガトーショコラか」

「それ以外も美味しいよ」。わたしがそういって微笑むと、男は片肘をついて、微笑み、わたしを見つめた。

 はたから見れば、ちょっと絵になる恋人同士かもしれない。わたしはそれなりの美人だが、この人もなかなか美形だ。それに、なんとなくだが、お互いの空気がよく溶け合っている。砂糖とミルク。ミルクと紅茶。それぐらい、自然な溶け合い方だ。徹夜明けの強気なテンションが赴くまま、このまま朝からテイクアウトされても、本望かもしれない。きっとこの男は、バニラみたいな良い匂いがする。

 わたしがドキドキしながら、猫かぶりに小首をかしげると「残念だなぁ」と男がつぶやいた。「残念?」とわたしが素で首をかしげると、男は無表情で頷いた。

「うん、君とは趣味があいそうだったから・・・」
「何がいいたいの・・・」

 男は姿勢をただし、ため息を吐いた。『残念そうな』というよりも『そういう演技を強いられている』ような、三流芝居のため息だ。

 男はポケットをさぐると、細い棒状の物を、テーブルの上に置いた。針だ。手の長さほどもあり、自分のほうをむいた針先は紫色をしている。毒が塗ってあるんだ。そう直感すると同時に、わたしはズルズルと背もたれに後ずさった。

「どういうこと・・・」
「『働きすぎたんだ』」と男がいう。
「『君はよく頑張った。頑張ったから、もう君に任せたい仕事はなくなった。目障りになったんだ』」
「その声・・・」わたしがいつも電話でやりとりをしている、幹部の声だ。

 わたしの心臓は凍った。幸せなアーモンドの芳醇さも、唾液も出ないほど乾いた口内では、意味がない。わたしは震えながら、首を横にふった。

「あなた・・・わたしを殺すのね」
「の、“はず”だった」
「“はず”?」
「うん。でも君が生きていたいなら、殺したりしない。大体、あんな安いギャラで、こんな昼間に俺、人殺したりしないし・・・こうやって出てきたのは、君がどういう人間なのか知りたかっただけでさ。どう?死にたい?」
「嫌に決まってるじゃない・・・」
「だよねー。そういうと思ったんだ」

 男はそういうと、ミルクティーを飲み、置いていた針をポケットにしまった。そして店内の方を指差し「食べたくなったから、ガトーショコラ注文してもらえる?」といった。何か言い返してやりたかったけれど、とっさに言葉が浮かばず、わたしはカウンターまで歩いた。

 この男が本当に暗殺者で、それも、さる名家の生まれだと知ったのは、その夜、ベッドに入る直前で。こんなイルミが黒髪黒目の男だと知ったのは、さらにその翌朝だった。

 朝になり、シーツの上に広がる、豊かな黒髪と白い頬に驚くと「容姿が好きで寝たの?」と大きな目が睨むので、わたしは苦笑いして、抱きついた。

 お互い計画性もなく、付き合いはじめたが、理屈っぽく、何ごとにも筋を通したがるイルミと、雰囲気に弱く、相手に尽くすのが好きなわたしの相性は悪くなかった。多少、イルミの主我主義に憤った日もあったが、急に“普通”のハッカーに転職し、忙しくなったわたしが彼に会えるのは、生理の周期よりわずかだ。

 だから彼が、ふらりと部屋を訪ねてきたとき、わたしはこの前のことなど忘れ、新鮮な気持ちで、二人分のミルクティーを用意し、イルミはいつもどおり、我侭なりに、わたしを、大切にしてくれた。こっちにこいよと、ソファーを示されれば、わたしは軽快な足取りで、いつでもそこにいった。

 なのに、わたしが逮捕されてから今日までイルミは何も起こさなかった。何も、一切リアクションを起こさなかった。――それは、自然な流れのようで不自然な、それでいて自然なことだった。一時の情熱や、欲情にうなされながら、皮と肉の間に、互いの体液を何度こすりつけようとも、『わたしたちは他人だからこうできるんだ』と認識してきたように――わたしたちは、いつまでもたっても、限りなく近い二本の平行線だったのだ。

 からこそ、捕まってすぐのころは、どうしてすぐに助けてくれないのか、こうなる前にイルミなら何か出来ただろうと、わたしは散々罵りながら、泣いて暮らした。「もっと近くにいたかった」と、自分の罪をくいる前に、自分を惨めにしてしまった。けれど、そんな気分になる自分が、どこかで幸せなような気がして――そのせいで、この間まで、ずっと落ちこみもした。

 イルミ、いつも会えるのは突然だったね。だから、近所ばっかり出かけてた。あのカフェには何度か行ったね。赤と白の煉瓦がまぶしい、チャイナタウンもお散歩した。食べきれないほど、市場で美味しいイチジクも買ったね。それから、マロングラッセも・・・。

 もっと一緒に、遠くまで行きたかった。遠く。別に、宇宙とか南国とかに行きたいわけじゃない。ただ、イルミと遠くまで行きたかったんだ。イルミがその後仕事に行けるぐらいの、遠い場所。

 こんな、暗い監獄なんかじゃなくて・・・。

 看守は青い扉の前で立ち止まり、わたしの手首から手錠を外した。飲み下す、硬いつば。今日はどんな奉仕をさせられるのだろうかと、わたしは想像をめぐらせる。

 見た目が、彼女らの好みだったのだろうか。「これがお前の贖罪だ」と吐きすて、一方的に玩弄する監視員たちは、誰もが肉欲にすがる、可哀想な人たちのように、わたしにはみえたので、今まで1度も逆らいもせず、毎回この儀式を受け入れている。彼女たちだって、きっと、ここに閉じこめられているのだ――けれど、今日は日曜日。今では暗殺者だって、安息日なのに。

 哀れみの火ぐちに立ち、傷だらけの体で扉を開けると、そこはガランと静かだった。窓のない、薄汚れた部屋に手術台のような寝台があるだけで、誰もいない。「そこに眠りな」と、ここまで連れてきた監視員の女がいう。この部屋に限らず、この刑務所は壁が薄い。トイレの音など、筒抜けだ。もしかしたら別の部屋に他の監視員がいて、わたしたちの様子を伺っているのかもしれない。

 わたしは仰向けになって寝転び、すれた服に、指をかけた。見上げた天井には、黒いシミがある。いつもわたしは、このシミが世界地図のように見えて、ここがあれなら、あそこはどこだろうかとか、想像する。今日、目に止まったのは、細長い島国だった。あれは、なんという国だろう?

「もしかして、いつもこんなことしてんの?」空耳かと思ったが、頬を軽く叩かれて、ハッとした。
「ねぇ?どうなの?」

 目の前には、イルミが立っていた。わずかに眉根をよせ、不満そうな顔でこちらを見下している。怒てるんだ。わたしが目を見開くと、イルミはかぶっていた帽子を捨て、わたしの手を引いた。

「イルミ・・・」
「あぁーちょっと働きすぎた・・・疲れた・・・」

 ひとりごとのようにそういうと、甘い香りが、ふわりと頬をかすめ、大きな手が、わたしの髪の毛をなでつけた。わたしは起き上がってイルミの首に抱きつき、同じように、その黒髪を撫でた。

「全部、誰かさんがドジなせいだ・・・」恨めしそうな声に、わたしは奥歯をかみしめた。瞳の奥が痺れた。

「イルミ・・・報酬は必要?」
「そうだなー・・・俺はタダは嫌いだし」
「どんなのがいい、かな?」
「んー・・・現金は無理だろうし・・・うーん」いいながら、イルミは自分の額をコツンとあて、大きな瞳を閉じた。甘い香りは、いっそう強くなった。

「お前は出来るだけ長いして、それで俺に奉仕する――っていうのでいいかな」

 セックスしても汗一つかかないくせに、今のイルミは、とても熱くて湿っぽい。首も、額も、唇も。今まで、何箇月も会えない日だってあったのに。「イルミ、イルミ、」大げさだよ。こんなんじゃ、おちおち死んでられないよ。

「――ねぇ、長生きしなよ?せっかくだから」

 小さな世界が見守る中、わたしはイルミにキスをして、涙で濡れた頬を、痩せた頬に重ねた。

 久しぶりに甘いものを食べたい、とつぶやくと、俺も食べたいと、イルミは頷いた。それで脱走して最初の行きさきは、空港ではなく、どこにでもある、街のカフェに決まり、私たちは砂糖で胃を洗い、今日の神を信じあった。冬がミモザ色のため息を優しく吸いこみ、大きな夕日が森の向こうへ、暮れ落ちていった。
 
 
 
 
2011/12/15(木)
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