夢をみています

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◆38万キロ計画

@芥川慈郎 短編(テニプリ)
38万キロ計画







 デートは何度かしたけれど、ジロー先輩の家にいくのは、これが3回目だ。

 内訳としては、1回目はとても暑い日に、リビングで休憩させてもらった時で――そのときはまだ、好きとか、きらいいとか、そういう気持ちはなかった。2回目は、ゲリラ豪雨にやられた日、「バスタオル貸すから」といわれ、雨宿りさせてもらった夕方。その2回目の帰りに告白されて、中間テストが終わってすぐ、わたしたちは付きあうことになった。

 だ・か・ら。

 この3回目が、恋人になってはじめての、芥川家訪問なわけで。「彼の家に呼ばれちゃった、てへっ」という甘ったるいやつで――そう考えると、心拍数がぐっとあがり、いつもより背筋がよくなってしまうわたしは、なんて単純なんだろう。

 ジロー先輩の家は、駅から3ブロックはなれた場所にあるクリーニング屋さんで、改札を出るとすぐに、ベンチにいたジロー先輩が、わたしをみつけてくれた。

やっほー。時間通りだねー」そういいながら、ジロー先輩はだぼだぼのパーカーのポケットに手をつっこみ、はつらつとした笑顔をみせた。
「先輩こそ」と、わたしは同じように、にっこりと笑った。青空の中に、白い月がみえた。

 恋愛をかたれるほど、高校生のわたしたちはまだ、そういう経験がなくて、とても若いけれど、たぶん恋愛っていうのは、するんじゃなくて、”してしまう”ものなんだろうなと、わたしはジロー先輩に会うたびおもう。

 だってジロー先輩は、わたしの意識していた好みのタイプとは、全然違う。逆方向のベクトル関数。わたしのタイプは、兄貴肌でたよりがいのある、宍戸先輩みたいな人で、ちかくにいるだけで、「俺が守ってやるよ、きりっ」みたいな雰囲気の――そう、付きあったことがないから、あくまでも雰囲気なんだけれど――そういうパリッと“ノリ”のきいたワイシャツみたいな人が好きなわけで、こういう柔軟剤たっぷりのドライクリーニング毛布な人と付きあうなんて、わたしは夢にもおもわなかったのだ。

 だからといって、べつにジロー先輩に興味がないわけじゃない。気になりだしたのは、たしかに付きあってからだけど、その前から、一緒にいて落ち着くなとはおもっていた。それに付きあってからわかったことだけれど、ジロー先輩は、さりげない気配りが出来る人だ。本人は無意識だろうけれど「さっき美味しそうなたいやき屋さんがあってさ」といいながら、紙袋をわたしてくれたり、人の荷物を「その荷物、筋トレによさそうだー」なんて笑って奪ってしまうところなんかは、ちょっと小悪魔な魅力だとおもう。まだまだ、わたしはジロー先輩のことを知らないし、ジロー先輩もまた、わたしのことを知らないけれど、それでも、こうして一緒にいてなごめることが、わたしたちにとって、一番良い関係なんだろう。

 そんなことを考えながら、ジロー先輩にうながされるまま、わたしは芥川家の門をくぐった。お店の隣に門があって、細い庭の奥に玄関があるという作りなんで、ちょっと気を抜くと、軽トラックから洗濯物を運びだす、ジロー父やジロー母と、出会ってしまうのだけど。今日はトラックがない。3回目なんて、まだまだ緊張したがりな回数だ。

「お邪魔しまーす」

 いいながら玄関にはいると、中は静かで、薄暗かった。玄関にわたしたち以外の靴はない。そういえば、店の横を通る時も、クリーニングのボイラーの音がしなかったぞ――とおもうと、ジロー先輩はさっしたように、鼻のしたを指でこすっていった。

「じつは今日、面白いビデオみせたくて呼んだんだけどさ・・・でもさ、今親、町内会の日帰り旅行で、出かけてて」
「へぇー、そうなんですか・・・」イイ女でいたい。そんな意地が、わたしをすこし大人にする。かなり焦ったけれど、ジロー先輩に勘づかれまいと、微笑みを絶やさない。あぁ、恋愛の力ってすごい。
「うん、今更だけどさーそういうの嫌じゃなかった?」
「うぅん、全然。なにかお手伝いできることとかないですか?」
「いいよいいよー、そんな気ィつかって欲しかったわけじゃないしー」

 ジロー先輩はそういうと、階段をゆびさし、「さきに部屋でまってて、あががってすぐだから」といった。こっちこそ、そんな気をつかわなくてもいいのに、とおもったが、こういうところで優しい彼氏というのは、高得点だ。さすがわたしの彼氏!わたしは胸を押さえながら2階へ上り、ジロー先輩の部屋にはいった。

 ジロー先輩の部屋にはいるのは、それが始めてだったけれど、ドアに“JIRO”というプレートがかかっていたので、すぐにわかかった。部屋の中は”男子の部屋”っていう感じで、カーペットには平積みされた教科書やノート。マンガ。テニスバック。半開きの衣装ケースなんかがならんでいて、ちょっとだけ狭くかんじた。

 こういうとき、口うるさく「もっと片付けないとー」なんていえるほど、まだわたしたちは溶けきっていない。一緒にいると落ち着くし、いつも自然体だけど、まだどこか、でぎこちない。なのに今日は、二人っきりなんだもの・・・。わたしは苦笑いしながら、てばやく荷物を脇によけ、小さな折りたたみテーブルのうえに、トレー大の空き地をつくった。

 ほどなくしてジロー先輩が、ココアをもってやってくる。ぽかぽかした、いい香りだ。自然とテーブルを挟んでむかいあう。妙な緊張。部活中そんな素振りみせないのに、ジロー先輩の顔が赤くなり、明後日を向く。さっさとビデオみましょう、ともいえず、わたしも明後日のほうをみる。

「日曜日なのに、静かですねー」
「うん、静か静かー」
「町内会の日帰り旅行の場所って、どこなんですか?」
「あぁー、バスで日光だって」
「へぇ、日光・・・」
「うん、日光」
「ふぅーん・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あ、そうだ、ビデオみよう、ビデオ。テニス部でさー人気あるんだよ、このアクション映画ー」

 いいながらジロー先輩は机の上からビデオのケースをとり、ベッドの向かいにあるテレビの中にさしこんだ。20年ほど前の映画だろうか。ストーリーは、上海の路地裏を舞台に、映画スターになるという夢に破れた男が、一人の少女と出会い、ともに前進していく、ボーイミーツガール的なアクションストーリーで、ヒーロー役の男優は、今話題のハリウッド俳優というのが面白い。ときどきはいる、小気味のいいギャグのセンスもいい。

 誰がこんな古い映画をテニス部で流行らせたのかは謎だけれど、15インチのちょっと狭いテレビからはじまった物語は、画面よりもずっと大きな展開で、わたしたちをすぐに魅了された。テレビの場所が場所なので、二人でベッドを背もたれにならんで眺めるのだけど、それがまた、スリリングだったんだろう。

 映画はあっという間にフィナーレをむかえ、最後は大草原の中心で、老年となった男と、大人の女性となった少女が抱きしめあい、再会を喜ぶというクライマックスには、ちょっとだけ目頭が熱くなった。良かった。本当に良かった。

 エンドロールがはじまり、チラリと横をみると、ジロー先輩は、まだ画面に釘づけだった。目をかっと開き、黒背景に浮かぶ白文字をおっている。邪魔しちゃ悪いとおもいつつも、まばたき一つしないので、「先輩?」とわたしが声をかけると、ジロー先輩はびくんと身体をゆらし、わたしをみた。目のはじっこに、光るものがあった。わたしは、嬉しくなった。

「ごっめーん・・・なんか俺、マジで夢中なってた」
「うぅん、とっても良い映画だったから」
「だよねーこの映画やってるころ、俺が生まれてたら、絶対俺劇場いってたなー」
「ふふっ、でもジロー先輩だと、出だしの予告とかで眠っちゃいそうですね」
「えぇーそれみんなもいってた・・・俺ってやっぱり、そういうポジション?」

 不満そうに唇を突き出すけれど、ジロー先輩の目は潤んでるのに、笑っている。すっきりとした、よどみのない視線。映画のなかに出てきたあの俳優の目にも似ている。だとしたら、ここでわたしは、少女のようにしなだれかかり「今日ぐらいいいわよ」なんて、冗談ぽく、甘えるべきなんだろうか?

 わたしが頭の中で大会議を始める前に、ジロー先輩は立ちあがって、ビデオの巻き戻しをはじめた。キュルルルルーと、ビデオがどんどん引っ張られる。あぁそうだ、わたしたちは今、二人っきりなんだ。その音を聞きながら、自分たちの状況をおもいだしたとき、視線のさきに、あるものがとびこんだ。

「・・・ねぇジロー先輩、あの棚の石なんですか?」
「ん?あぁ、あれ?あれはねー月の石」
「月の、石?」

 まさかあの乳白色の石っころが、とおもったのに、ジロー先輩は得意げだ。プラモデル用の、黒とスケルトンでできたケースをじっとみあげる。まるでそこに、月があるかのように。

「うん、すごいでしょう?」
「へぇ・・・どこで手に入れたんです?」
「このまえ、跡部の家にいったとき、きになって尋ねたら『月の石だ』って。いいなーっていったら、半分に割って、譲ってくれたんだ」
「へ、へぇ・・・」

 月の石って、半分に割れるの?そもそも跡部先輩って、どうやって手にいれたの?胡散臭い・・・。わたしは空笑いを浮かべながら、冷めたココアを飲みこんだ。

 跡部先輩が、あれでいて、けっこう優しい人だということは、氷帝学園の一般常識だ。だからこそ、男女、沢山のファンがついているとおもう。とはいえ、あれが月の石?跡部財閥って、どうなってるの?

 わたしが頭を抱えていると、ジロー先輩は戸棚から月の石を取りだし、わたしの目のまえに突きだした。ラメを塗ったように、ザラザラとした石の表面が細かく光り、みる角度によっては、虹色に光ってみえる。

「別に俺さーこの石に興味ないんだ」

 ジロー先輩はそういうと、石をわたしの手のひらにのせた。卵大の石は軽くて、でもほどよい丸みがあって、手によくなじんだ。ジリー先輩は首をすくめた。

「だから、これが月の石じゃなくていいし。月の石だったら、嬉しいなーってだけなんだ。そういうのってさーおかしいかなー?」
「ふふっ、私もそれがいいと思います」
「でしょー?俺たちがさ、じいちゃんとかなる頃にはさー宇宙旅行とか、現実にならないかなー」
「きっと、その前に現実になってますよ、きっと・・・」

 わたしは月の石を、目の前にかかげて、微笑んだ。きっと、宇宙旅行は現実になる。ビデオがDVDになって、DVDが、ブルーレイなんかになるなんて、誰も20年前の人はおもわなかったのに、「そうなったらいいな」とおもった人がいたから、今、こうなっている。きっと、今は本物のスターになったあの俳優だって。――だったらわたしたちが今ここで「そうなったらいいな」とおもうのは、なんて素敵なことだろう。

 近い将来、虹色に輝く、この小さな小石を、わたしたちはきっと、あの月の上で眺められるんだ。月までの距離は、ざっと38万キロ。なんだ、そんなに遠くないじゃないか。きっと、近い将来、日帰りだってできますよ――町内会の旅行で、みんなでぞろぞろ、月に行くんです。

「先輩、その時は、月までのシャトルの中で、またいっしょにこのビデオみましょう?それから、その時のためにも、もっともっとたくさん、面白い映画を探しましょう」
「あーそれいいねー。宇宙の映画館だ」
「はい。一緒に、きっと一緒にいきましょうね?」

 欲しいときは出ないのに、自分で話しておきながら、わたしはそこまで話して急に胸の熱にやられ、急に、涙が流れた。ボタボタと、スポイトを押すように、涙がこみあげ、息がつまった。きっとこうやって陽のあたる、すこし埃っぽい部屋のなかでかたる遠い未来が、とっても眩しかったんだ。みえそうでみえない、あの月の表面に向かう自分たちが、すごく、幸せだったんだ。

 わたしたちはいい恋人同士だ。わたしが目をつむり、涙をふくと、ジロー先輩が、わたしの横に座り、息をとめた。音なんてしなかった。カチッといってビデオテープの巻き戻しがおわる、その音だけが聞こえた。ふわふわの前髪が、わたしの頬に触れて、滑らかな腕が、わたしの肩を抱きしめて「、楽しみだね」って笑ってくれて・・・。あぁ、この温かい毛布の中に、ずっととどまっていたい、とおもった。ずっと、あなたが一緒にいたいとおもう、私でいたいって。

 わたしは手を伸ばし、ジロー先輩の背中にしがみつき「うん、楽しみ」と素直に甘え、ジロー先輩はもう一度――さっきより優しい声で「楽しみだね」といった。

 もちろんそのあとすぐ、お互い恥ずかしくなって動けなくなったのは、いうまでもないけれど・・・わたしたちの関係、ぎゅっとちぢまった気がした。そのあと二人で手をつなぎ、もう一度、唇をかさねた。さっきよりも長く、ちょっと角度をかえながら、とろけるような、キスをした。

 ――その日、私たちの距離は、たしかにゼロよりも近づいたんだ。




2011/12/12(月)
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