夢をみています

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◆36.1℃

@ヒソカ 短編(H×H)
36.1℃  
 
 
 
 
 
 
 
「・・・?」
「・・・」
「ねぇ、?」
「・・・」
「聞こえているのかい?」
「・・・」
「魚、焦げているけど・・・いいのかな★」
「えっ・・・あっ!」

 ハッとして手元を見ると、黒いフライパンの中で、ムニエル“だった”ものが、シューシューと、悲痛な声を上げている。もう、これは炭だ。フライパンと同化しており、これ以上、燃える部分がない。
 やってしまった。
 わたしはレンジの火をとめ、ため息を吐きながら、それをシンクの中に投げ、水をかけた。とてもひどい気分だ。

「なんで気づかなかったんだろう・・・」
「料理中に考えごとなんて、君らしくないね★」
「えぇ、そうね・・・」

 そうだ。どうしてわたし、こんな簡単なミスをしてるんだろう。
 ――冷蔵庫から、新しい魚を出そうか。あぁ、でも魚は今二切れとも使ってしまった。それなら何を使おう。チキン?ビーフ?うぅん、そのどちらも切らしていたから、魚を焼くことにしたんじゃないか・・・。
 コンタクトをなくしたように、目の前が、じんわりとにじんだ。今になって、魚の煙に、やられたみたいだ。鼻の奥がツンとして苦しい。わたしは手近にあったダスターで目尻をおさえ、鼻をすすった。

「何かあったのかい?」

 カウンターからこちらを覗いていた奇術師は、無表情で小首をかしげる。普段はふざけている癖に、時たまこうやって真面目ぶる。きっと、気まぐれな本人は無意識だろう。わたしは首を横に振る。

「あぁ・・・うん、ちょっと、ね」
「もしかして、また失恋かな?」
「・・・まぁ、ね。けど、別にいいの・・・思い出すと、たいした人じゃなかった、って思うし。それにもともとわたしは人より、春が遠いだけだし」

 べらべら喋ったわたしは、適当に笑顔を作り、戸棚からスパゲッティと、アンチョビの缶詰を取り出した。
 メニューは変更だ。ほとほと簡単だが、もうこれ以上、後片付けに手間をかけたくない。わたしがガラスのパスタケースを見せると、ヒソカはコクリと頷き、飲みかけのワイングラスに、またなみなみと、赤いアルコールをついだ。
 時刻は21時。天気は、星も消える曇天。荒っぽい二人にしては、とても穏やかな夜だ。せっかくだし、ことは落ち着いて進めよう。
 わたしは注がれた渋いワインを、一口飲み下す。

「やっぱり、女子校に通っていたからダメなのかしら・・・男の人に、免疫がないっていうか・・・」
「女子校出身でも、まともに恋愛してる人はいるだろ★っていうか、ボクも男なんだけど★」
「ヒソカは別よ・・・ヒソカは、恋愛対象にならない・・・」
「つれないなァ★博愛主義の、いい男だと思うんだけど、ボク★」

 グラスをこねるようにまわし、赤色を透かしながら、ヒソカが笑う。笑っているのに、何を考えているのか、分からない顔だ。でも、きっとわたしもそうだろう。わたしは鍋に水をためながら、また首を横に振る。

「博愛主義って・・・“広く浅く”っていう意味?――だってヒソカはサ、本気に人のこと、好きになんてならないじゃない。だから恋愛対象にならないんだよ。愛しても、見返りがないんじゃ、仕方がないもの。わたしにアガペーは無理よ」
「ホント・・・君っていう人は★」

 ヒソカはそういうと、キッチンに回り込み、わたしの腰に両手を添え、自分の下半身を押しつける。膨張し、適度に弾力をもった熱い圧力が布の中にあるのが分かる。

「食事より先に、君を食べたくなっちゃった★」
「使い古しの言葉、ね・・・」
「返事は?」
「悪いけど、今日は食事が先・・・女は失恋すると、お腹が減る生き物よ」
「・・・★」

 断ったのに、わたしの肩にとがった顎を乗せ、ヒソカはわたしの手元を見つめる。ぐりぐりと、下半身を押しつけるのはやめない。
 会うと必ずこれだ。一年中、健康体。春爛漫。繁殖期――だったら自分で“済ませる”、という選択肢にたどり着けばいいのに、ヒソカは他人の体温を好む。もしかしたら殺人も、その一部だ。「僕、淋しがりやだから」と笑う顔は、やっぱり、寂しそうには見えないのだけれど、セックスフレンドという関係はわたしにも心地いいので、やめる気にはならない。
 ヒソカのセックスは、その時の気分次第で優しくも、荒っぽくもなり、総じてうまいので、楽しい。いつも処女になれる。けれど、やっぱり今日は違う。

「ヒソカ、料理の邪魔。向こうにいってて」
「パスタだって、すぐには茹で上がらないよ★」
「そういう気分にならない・・・」
「ならないなら、なればいい★」
「我侭・・・」
「強情★」
「どうしたら、どいてくれる?」
「うーん・・・キス★」

 乙女のように、長いまつげを伏せ、キスをせびる良い大人。そして在りきりな失恋を引きずる、良い大人。
 わたしは三日月形のくちびるに、リップ音を立てて、そっと触れる。チュッ。甘くも、かゆくもない、そういうキスだ。だから勢いづきたかったヒソカはゆっくりと瞼をあけ、金色の瞳を不満げに灯す。

「あァ・・・気分転換にもならないなァ★」
「さぁ、向こう側にいって」
「い・や・だ★」
「今日は甘えん坊ね」
「今日のが、無愛想なだけサ★」
「なに?そのまま抱きつきでもしたら満足したわけ?」
・・・また失恋したからって、僕にあたるなヨ★」
「別に、当たってるわけじゃ・・・」

 鍋がグラグラと音をたてる。
 ――あぁ、パスタを茹でなくちゃ。茹でて、それを吸い込むように食べて、食べたら心を癒やして、また恋愛をするための、弾力をつけるんだ。パスタがうまい具合に、わたしの隙間を補修して、何事もうまく進めてくれるんだ。焦げたムニエルじゃない。

 わたしの祖国には、薄いピンク色の花をつける"サクラ"という花木がある。サクラは冬を待ち、春を迎え、一斉に開花したあと、潔く、全てが散る花だ。
 人はそれを可哀想だとか、もったいないだとかいうけど、わたしはそうは思わない。なぜなら惜しみなく、一度に咲き、そして散り終えたその日から、サクラはまた次の花を咲かせる、準備を始めるのだ。名残惜しむ人々せせら笑い、その足元に隠した太い根茎で、養分を吸い上げながら・・・。それはとても綺麗で、とても当たり前で、ちょうど今のわたしだ。散るために咲くなら、咲くために散ったと考えたい。それが結果論でも、構わない。もう一度いうが、焦げたムニエルじゃない。今のわたしは、アンチョビパスタと決めている。
 なのにわたしは動けない。ヒソカがわたしを抱きしめている。分厚い胸で、後ろから、わたしの小さな背中を抱きしめている。「いい加減にして」なんて、あしらうのは簡単なのに、ヒソカは鍋の音に消えそうな程、弱々しい声でいう。

「そろそろ僕も焦げちゃいそう・・・」

 あぁ、わたしはなんて安っぽい女だろう。今までだって、後ろから抱きしめられたことはある。これ以上甘いセリフを囁かれたこともある。なのに、わたしは思ってしまった。嘘まみれのヒソカのことなど、真正面から捉えたことなど、今までなかったのに、この“今”後ろから抱きしめられた瞬間「あぁ、良いかも」などと考えてしまった。
 わたしは、単純な女だ。そう考える反面、もうパスタはいらない、思ってしまった。ヒソカは脱力と心変わりを見逃さない。笑い声はこらえても、胸がわずかに動いてる。

「ねぇ・・・どこでそんな台詞おぼえたの?」
「意地悪★」

 ――さっきまで、別の誰かを思っていたわたしなのに、それでもいいの?それでも、わたしのこと、抱きしめてくれるの?

 わたしは振り返り、ヒソカの白い首筋に噛みついた。ギリギリと、八重歯を立てて、本気で噛んだ。ヒソカは痛いとも何もいわない。わたしのバラ色の歯茎がきしみ、丸い歯型がつくのを、じっと待っている。
 きっと、今日はお互い、そういう気分だったのだ。今そう感じていれば、あとで、後悔することもない。

「・・・食べたい」

 わたしが温かい胸に額を寄せると、ヒソカはニヤリと笑う。

「どうぞ、召し上がれ★」

 夜も、長い季節だ。どうか明けるまで、この感情が、お互い胸にとどまりますように――淡い祈りさえ楽しみながら、湯気の中で、わたしたちは噛みつくようなキスを交わした。春はまだ、遠い。


2011/12/28(水)
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